小学生の時だったと思う、家でダラダラとテレビを見ていたら中華料理の巨匠のドキュメンタリー番組が始まった。おそらくは陳謙一さんのドキュメンタリーだった。定かな記憶じゃないけど……。
その番組の中で中華料理の巨匠はキッチンを飛び出し、来店したお客さんと数分間の談笑をしていた。その後、彼はキッチンに戻るとそこで得た情報をもとに料理の味を少し変えていくことを語った。このエピソードは小学生の僕にとって非常に衝撃的だった。お客さんごとに味を変える、それは僕の常識の外側にある行いだったのだ。
そんな過去の思い出が蘇ってきたのは、『バーテンダー 神のグラス』を見ていた時のことだった。
銀座にあるバー・イーデンホールに勤めるバーテンダー・佐々倉溜を中心に、彼を取り巻く人々を丁寧に描写する本作。その中で一際印象に残るのは、佐々倉溜が持つ接客へのこだわりだ。彼はイーデンホールを訪れた客を観察し、相手に最も適した一杯を提供する。注文を受けたグラスに対しても、相手に合わせた一手間を加えた上で提供するのだ。その姿にはあの日見た中華料理の巨匠を彷彿とせずにいられなかった。
僕がドキュメンタリー番組を見たあの日から数十年が経ち、その過程で社会は合理化を推し進めた。食の分野においては「どこでも、誰が作っても、同じ味が楽しめる」という方向への進化が著しい。この進化は実に素晴らしいことだと思う。しかしながら、「その場、その瞬間にしか楽しめない味」が失われてしまうことには、どこか寂しさを感じずにいられない。
『バーテンダー 神のグラス』は、この時代の変遷と逆行する接客のあり方を描いた作品だ。そこで描かれるのは「その場、その瞬間にしか楽しめない味」を提供する人たちの姿。そこには失われつつある文化に対してのノスタルジーを感じずにはいられない。
TVアニメ『バーテンダー 神のグラス』
■STAFF:
原作:城アラキ/長友健篩「バーテンダー」(集英社刊)
監督:倉谷涼一
シリーズ構成:國澤真理子
キャラクターデザイン・総作画監督:植田羊一
アニメーション制作:リーベル
■CAST:
佐々倉溜:寺島拓篤
来島美和:南條愛乃
樋口由香利:白石晴香
川上京子:松井恵理子
金城ユリ:白石涼子
ケルビン・チェン:古川慎
ほか
公式サイト:https://bartender-anime.com/
公式Twitter(X):https://twitter.com/bartender_anime
(C)城アラキ・長友健篩/集英社・Bar hoppers